平成21年9月

■全国学力テストの継続とさらなる充実を求める意見書」に反対討論
■「国土交通省の水利権許可行政を根本から改めることを求める意見書」に賛成討論

市民ネット・社民・無所属の川本幸立です。
発議案第26号、第28号について討論を行います。


 まず、発議案第26号「全国学力テストの継続とさらなる充実を求める意見書」に反対の立場から討論します。
 1966年度で終了した全国学力テストが2007年に復活し今年まで3回実施されました。
 テスト導入の経緯でとりわけインパクトが大きかったのがOECD(経済協力開発機構)が主体として実施している国際比較学力テストいわゆる「ピサ調査」の結果でした。2000年に実施された第1回調査では日本の成績はトップクラスでしたが、2003年の第2回調査では「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の結果が低下し、それを受けて当時の中山成彬(なりあき)文部科学大臣が、日本は全体に「学力低下」の方向にあるとし、学習指導要領の見直しなどとともに、全国学力テストの実施という方針を打ち出しました。
 なお、日本のこの「学力低下」の問題は、実際は「全体の学力低下」ではなく、学力の低いこどもたちの学力がより低下したことによるものであることに留意する必要があります。
 さて、この全国学力テストですが、57億円をかけ現場の多大な犠牲を強いて毎年全児童生徒を対象に実施する意味があるのか、そして文科省が実施要領に掲げた調査の目的が達成されているのか、現場においてはどうなのかを検証し、全国学力テストの是非を検討する時期にあります。しかし、テストの継続を求める本意見書にはこれら本来の目的に照らして詳細に検証した形跡はみられません。
 まず、調査目的の一つである「実態把握」については、どうでしょうか。学力テストにより、確かに地域間格差、家庭環境、学校の規模での違い、「活用力」が弱点であることは浮き彫りになりました。しかし、これはすでの過去の諸調査により明らかにされており目新しさはありません。「活用力」の重要性についてはOECDの先ほどの「ピサ調査」が繰り返し指摘してきましたし、個々の分析課題についても文科省による抽出型の全国調査「教育課程実施状況調査」で指摘済みであり、生活実態と学力の相関もそれぞれの自治体や学校単位の調査で明らかになっています。
さらに、今年8月27日に文科省から公表された第3回目の結果をみると、前2回とかわらないことが指摘されます。
つまり少なくとも「実態把握」のために学力テストを毎年全児童生徒を対象に実施する必要はないことを示しています。

 次に「教育評価」についてはどうでしょうか? テスト実施から5カ月後のテスト結果の返却では、授業に即した日々の評価に役立てることなどできないことは誰が考えてもわかります。さらに児童生徒が「個票」を受け取ってもどこをどう間違えたかわからず、改善の意欲があっても生かしようがありません。そもそも、テスト結果を授業中に解説したり振り返ったりする余裕がないのが実際です。
 また、学力テストは、テストの点を上げるための対象療法的で訓練主義的な「テスト対策」をはびこらせる危険性がありますが、それではテストへの対応力が身に付くだけで、課題として指摘される「活用力」つまりじっくり考える力や積み重ねが必要な学力は伸びません。このように学力テストは「教育評価」には役立たず、逆に「テスト対策学習」がはびこることによる教育の変質が危惧されます。

 現場の声はどうでしょうか?「教育改革市民フォーラム」の教員に対するアンケート結果によれば、学力テスト中止に賛成65%、継続は13%弱に過ぎません。
 塾通いの子が高得点をとっており学校の指導と関わりがないという声もあります。
 また63%が学力向上に役立たないとし、大いに役立つは1.3%に過ぎません。
 学力テスト中止に賛成の理由としては、情報の分析や研修に手間がかかり校務の多忙化を生み、子供の指導に手が回らず、学力向上には逆効果だというもの、子どもたちが積極的に取り組む姿勢がないというもの、勉強ができない子どもを排除する雰囲気が醸成されつつあるとの指摘もあります。
 さらに、学力テスト導入の際に、文科省が参考にしたというイングランドの学力テストの現状はどうでしょうか。イングランドでは、学校別の成績の発表が学校間格差を激化させ、教育がテスト偏重でゆがめられるとの批判が国民各層からだされた結果、昨年10月、14歳の全国テストの廃止が決まりました。
 昨年9月に発表されたイングランドの教育に対するOECDのレポートも、改善すべきポイントの第一に、「テストと達成目標への過度の依存を脱すること」を挙げています。

 以上を総合すると、文科省の掲げた学力テストの「調査目的」はほとんど達成できていないばかりか、学力テストによるマイナスの影響が危惧されます。今、取り組むべきことは、すでに様々な調査で明らかになっている課題〜学力格差などへの真摯な取り組みです。全国学力テストは即刻中止、あるいは少なくとも抽出方式に切り替えるべきであり、全国学力テストの継続は教育の破綻を学校現場にもたらす有害なものであることを指摘し、本意見書に反対します。

 なお、先日20日に開催された「第2回千葉県の教育を元気にする有識者会議」で、ある委員が、全国学力テストの「結果の公表が、適正な競争をもたらし、学力の上昇を導く」との立場から学力テストの継続とテスト結果の公開を訴えていましたが、こうした主張は、今まで指摘したような学力テストの実態に目を向けず、教育の目的が教育基本法第一条に掲げた「人格の完成」であることを忘れ、市場主義に基づく時代錯誤の成果主義に陥っているものであると指摘しておきます。


次に、発議案第28号「国土交通省の水利権許可行政を根本から改めることを求める意見書」に賛成の立場から討論します。
 水利権とは、河川の水を、水道水、工業用水、農業用水などに使用する権利をいいます。
 昨年9月議会の代表質問で私は、八ツ場ダム事業の利水をめぐり、江戸川・中川緊急暫定水利権は、44年間千葉県と東京都に日量50数万?を1年を通じて安定的に供給されていることから、暫定ではなく安定水利権と解されるのではないかと質しました。
 一級河川を管理する国土交通省は、ダムなしで取水できる水のことを暫定水利とし、「ダムをつくって暫定水利を解消して安定水利にしよう」という考え方に立ってダム建設を推進してきました。八ツ場ダム事業もその一つですが、江戸川・中川緊急暫定水利を「安定的な水源」とみなせれば、過大な「県の長期水需要」の見通しをベースに考えても八ツ場ダム事業に参画することは必要がなくなります。
 一方、ダム建設が中止になれば、暫定水利権も消失するのかというと、住民の取組で2000年度に中止になった徳島県の細川内(ほそごうち)ダムや02年度に中止になった新潟県の清津川(きよつがわ)ダムでは暫定水利権はダム中止後も認められました。八ツ場ダムについても前原国交相は、建設中止後も取水できるように配慮する方針を明らかにしています。このことは暫定水利権が決して不安定な権利でないことを国土交通省自ら認めていることになります。
 ところで、この水利権の内容、意義については河川法はもとより法的根拠はなく、安定水利権、暫定水利権、不安定取水などという言葉の表現、内容も慣行上のものにすぎません。許可権者である国土交通省の裁量に委ねられてきました。
 つまり、もともと川にある水であるにもかかわらず、国土交通省の都合で「暫定」あるいは「安定」と分けられることにより、ダム建設などの推進に利用されてきました。
 国交省のこのような恣意的な裁量を許さず、水利権許可行政を改善することが、今後のダム行政には必要です。
 政権交代を機に、こうした不透明な水利権許可行政を根本から改めることは公共事業を見直す上でも喫緊の課題であることから、発議案第28号に賛成します。
 以上で、討論をおわります。